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何をしているのかよくわからなくなっている、ブログ街道の一角。





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ブログで何をやろうか、と考えている中で、今回はブログの種類について考えたいと思う。

まずブログの種類としては大きく2つのタイプに分けることが出来るだろう。

)継続更新型

)永久保存型

この分け方は普通のホームページでも通用するだろうが、継続更新型の特徴を述べるとこのようになる。

  • ほぼ定期的に更新を行っている。

  • 更新がなければ情報としての利用価値は皆無に近くなる。

  • 新しい情報に常に依存する。


  • 例としてあげると、YouTubeネタなどといったニュースネタが出てくる。

    一方で永久保存型は

  • 更新が行われなくても長期的に情報としての利用価値は一定に保たれる。

  • 別に新しい情報でなくてもよい。


  • ここでの例は、画像やFlashなどのリッチコンテンツなどであろう。

    当然、すべてのブログがこの2つの型にあてはまるなんてことは言えない。
    これはあくまでどの程度かを考える指標にすぎない。
    たとえば日記なんかは、継続更新型にあてはまると思われるが、それに必ずしも当てはまらない場合もある。

    先ほどもニュースネタは継続更新型の例だと述べたが、古くなった記事をまとめる、といった作業を行っているところであれば、永久保存型の性質が濃くなっている。

    永久保存型の例にしても、画像やFlashなどが実は他サイトからのものであり、ある期間を過ぎるとデッドコンテンツと化している、という状態のところというのは永久保存型とは決して言わず、だからといって必ずしも継続更新型と言えるわけでもない。

    このように2つに分けるといっても、その分け方は非常に曖昧なところがあるのだ。

    では最後にその2種類の特徴をそれぞれまとめると、

  • 継続更新型:情報を拾ってくるのは容易だが、それを継続しつづける必要がある。


  • 永久保存型:内容としての価値は長持ちするが、それを作り上げるのに継続更新型と比べてかなり時間が掛かる。



  • 果たして、どちらのタイプに傾ければ、少ない労力でなるべく多くの人に見てもらえるのだろう。
    時間に困らなければ別段考える必要の無いことではあるが、ブログに投資する時間が限られている人にとっては結構大事なことではないだろうか。
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    この間、実に興味深い話題を耳にした。

    もしこの世界が、5秒前に出来たと仮定したらどうだろうか。

    初めに聞いたときにはなんじゃそりゃみたいな感じだったが、その話題について聞いていると、なるほどそれは確かに面白いものだった。

    その話によれば、生物でも建物でも山でも川でも、この世に存在する全てのものが5秒前に全て完成したのだ、という考え方だという。

    例えば人間がもつ知識や能力にしても、歴史的建造物や絵巻などといった歴史を証明する品においても、約46億年前に地球が誕生したという事実も、それらも全ては5秒前にできたものだ、というふうに考えたらどうだろうか。

    この仮定は、今の段階では誰も完全に否定することは出来ないと思う。
    もっともタイムマシーンなどというものが誕生したとしたら、この仮定は完全に否定されうるかもしれないが、そうでない限りは完全に否定はできまい。
    つまるところ、この考え方は過去の事象は記録で確認することはできても、肉眼で直接垣間見ることはできないということを表しているのではないだろうか。


    と、このように面白い考え方に遭遇できたのもまた久しぶりだったと思う。








    時々不思議に思うことがあることに最近気づいた。

    近頃に興味を持ち始めているのである。

    ここでいう絵は有名画家が描いた、高値で取引されるような高尚なものではなく、普通に見かける漫画絵なり落書きなりのような、そういった部類のモノである。
    (落書きといっても程度としては高いものである。)

    ではどこが不思議なのか。
    というと、これは絵が下手な者でこそ言う言葉だが、

    どうして絵がうまいのか。

    これを単なる問いかけだと捉えるだろうか。

    自分は下手なのにどうしてあいつは描けるのか。
    こう思ったことがある者がいるのではないか。

    絵がうまい、というのは一種の才能なのか。

    それとも幼少のころから練習してきたという蓄積の表れなのか。

    好きこそものの上手なれ、なのか。

    についての疑問は湧き上がってくるばかりである。近頃そう思うようになってきたのだ。

    それからもうひとつ、不思議に思うことがある。

    なぜ人と同じ作風を出すことができないのか。

    これは一度経験したことがある。
    ある時、ある絵に感動して、その絵を真似てみようと描いてみたことがあった。真似てどうこうしようというわけではなく、単なる興味本位だった。
    ちなみにその絵とは絵の具を使ったような絵画ではなく、普通の漫画絵である。
    一時期そういう絵に出来るだけ近づけて描きたい、と思っていた。
    しかし、なかなか思うようにいかない。

    とうとう、こういう作風を自分でも出してみたい、という願望はかなわずに終わったのである。

    なぜなのか。

    そういえば漫画でも、音楽でいうカバー版みたいな漫画がいくらか出ているが、元の漫画の作風と同じものは何一つなかった。
    まぁ調べたのは、そのほんの一部だったけれども。もし同じ作風のものがあれば教えて欲しい。

    どうして、同じ作風が二つと存在しないのか。

    これが今の、絵においての疑問点である。

    これはあくまで想像だが、人それぞれ意見も考え方も違うように、絵の作風も、きっと人それぞれなのだろう。

    人間の創造性は個性に富んでいる。
    そこにある個性とは、果たしてこの世に全く同じものが存在するだろうか。

    しないとすれば、作風を真似ることができなかったのも当然のことと言えよう。







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